抗癌剤投与の難しさ

抗癌剤投与に対して、医師の皆さんはどの様なイメージを持っているだろうか?
「抗癌剤なんて怖い怖い。絶対に扱いたくないね」から
「抗癌剤?簡単さ。教科書に書いてある通りの量を患者の体表面積に合わせて投与するだけ。ロボットでもできるよ」
という方まで、色々なイメージがあると思う。
 
私は、どちらかと言えば後者のイメージだった。
それまで扱ったことはほとんど無かったが、いざとなれば
「教科書通りにやればできるだろう」と考えていた。
 
しかしその考えは、がんセンターで研修してから、かなり、かなーーーーーーり甘い考えであったとわかる。
まず、
 
・その治療法の根拠となる臨床試験を知らない。
 
・検査値や症状がどの程度だと抗癌剤が投与でき、また中止(延期)すべきか、知らない。
 
・どの様な副作用が起きやすく、またそれは投与後何日目くらいに出るのか、知らない。
 
・副作用が起きた時、どの様な状態が入院適応となるのか、そして治療はどうするのか、知らない。
 
・そもそも患者さんに起きている症状が、抗癌剤によるものか、他の原因によるものかの区別すらできない。
 
といった有様。
まあ、とにかく最初は知らない事ばかりで、その時は既に五年目医師だったが、気分は初期研修医だった。
 
そして、がんセンターにいると、抗癌剤を専門としない医師の治療の中に、いかに適当なものがあるかも見えるようになった。
(緩和病棟で勤務していた時は、癌専門病院でひどい扱いを受けて、傷ついて来る方もいるのでお互い様だが)
 
・副作用がちょっとでも出たら、治療を中止する。
 
・副作用が恐いので、患者さんに断りもなく標準量の半分で抗癌剤を投与する。
 
・標準治療でも臨床研究でもない「医師の思いつき」の組み合わせで抗癌剤を投与する。
シェフのきまぐれサラダじゃないんだから。
 
半分量で治療を行い「効かなくなったから」と、がんセンターを紹介され、同じ治療を全量で投与したら効果が見られた1例は、自分への自戒もこめて癌治療学会(2009)で発表し、論文化(癌と化学療法 38(6) 掲載予定/2011年6月、In Press)させてもらった。
 
過剰治療は薬剤師さんや保険によって厳しく監視され、事故が起きないよう配慮がなされているのに対し、過小治療は「患者さんに合わせた判断」と言えば医師の裁量でどれだけでも減量でき、監視が困難である。
患者さんは何も知らされないまま「副作用が少なくて楽な治療ね、きっと先生の腕がいいんだわ」と感謝するかもしれないが、本来得られるはずの効果が減弱させられているかもしれないのである。
もちろん、副作用の出現程度や全身状態に合わせて減量することはあるが、それも一般的なルールは大体決まっており、極端な減量や急な中止をするのであれば相応の根拠が求められるべきである。
 
米国の腫瘍内科医である上野先生(@teamoncology)のツイート、
「抗癌剤の使用は手術をするぐらいに技術力が必要。これに気づいていないがん専門医療従事者がいる事が大きな問題」
は、まさにその通りである。
ただ、日本にはまだ腫瘍内科医は少なく、現在少しづつ増えてはいるが、それでも全病院の4つに1つにしか在籍していない
命に直接関わる科なので、心理的負担が大きいのか、社会的ニーズに比して志望者は少ない印象はある。
 
ただ、実際携わってみると腫瘍内科はかなりexcitingな科である。
 
癌を抱えた患者さんに対する全人的医療を行うジェネラリストであり、薬物療法のスペシャリストでもある。
 
緩和ケア、治験や臨床試験と扱う仕事も幅広い。
是非、この面白い仕事を広め、全国に腫瘍内科医を増やしていきたい。
ミッション、パッション、ハイテンションだ!(浜松オンコロジーセンター渡辺亨先生の言葉)

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