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ツイッター:メディアとしての危険

フォロワーの多いユーザーは、もう既にひとつのメディアである、ということを自覚すべきである。
何気ない発言が、多くの人に拡散され、影響を与える。
例えば、医療に関することで言えば、 ある人(Aさんとする)が、フォロワー4万人とかいたとする。普段は、自らの仕事や、世の中の出来事の解説などしており、人気の人物。 しかしある時、Aさんの親が癌になり、Aさんはパニックになってしまった。 ネットで情報を集めると、ナントカ注射、という方法が癌に効く、治る、という情報があった。 Aさんは、自分の親にもこの治療を受けさせよう、と考え、ツイッターで報告をする。 フォロワーのうち500人から否定的な意見が届く一方、100人から肯定的な意見も届く。 Aさんは迷うが、やはりこの治療にかけてみたい、何故なら~の理由がある、と力説。 結果、5000人のフォロワーからリムーブ。ただ、残りの35000人は何らかの影響を受け、またあまり深い意図もなくその発言を拡散する。 結果、医学的に間違った情報が広まっていく可能性もある、ということ。
いま既存のマスコミは、倫理観の欠如や、専門知識の勉強不足などに起因する情報の質低下が問題視されている。 ネットはそれに代わるメディアであるとも。 確かにツイッターは情報も早く、様々な専門家と自由に意見交換ができ、世界を透明化する素晴らしいツールである。 しかし、本当にツイッターが既存のメディアになり変わるとしたら、問題が起きうることに留意する必要がある。 つまり、専門知識を何も持たない素人が、既存のメディア以上の情報発信力を持ちうることの危うさである。我々はジャーナリズムとは何か、という教育も受けていないし、ツイッターやっていて自分はジャーナリストである、といったある種の職業倫理を抱えながらツイートしている人なんて、ごく少数であろう。 ある分野ではそこそこの知識を持っていて普段は信頼性高い情報流していたとしても、気分次第で別の素人分野のことに対して気楽に情報発信できるし、そのことに問題意識を持っていない。 他の誰かと「情報を発信することの是非」を協議するわけでもないから、内容は極めて独善的だ。 「ツイッターには自浄能力がある」と言っても、ブロック機能などもあるわけだから、自分に批判的な人はどんどん除外していって、一種の宗教じみた集団を作り上げることも可能なわけである。それがまたフォロワーの自覚のないう…