緩和医になるには

今年3月に「医学生・研修医のための緩和ケアセミナー」という企画があり、私はファシリテーターを務めた。
そこで「参加者にメッセージを」という依頼があったため、自分が緩和医を目指したきっかけと「まず何科から堅守すべきか」という問題への意見をちょっと書いてみたのだが、その文章を公開する。

「痛い、今日も痛い。痛み止めも効かない…」
私が初期研修医のころ、麻薬の使い方を知らなかったころ、がん患者さんの苦痛を取るすべはほとんどなかった。指導医の指示通りに薬を投与し、点滴を行い、苦痛のなかで患者さんを看取っていかなければならなかった。わずか7年前のことである。しかし、そんな状況でも、当時必修科であった緩和科をローテートするのは面倒と思っていた。緩和を回るくらいなら救急科や、麻酔科などのローテートをもっと長くしたいと思っていたくらいだ。緩和科で何が学べるのかわからなかったし、その診療内容が「医療」と呼べるのか疑問だった。いや、それよりも死にゆく患者さんにどう向き合うか、怖かっただけかもしれない。
 
(毎日が感動、緩和ケアローテート) 実際に緩和ケア科をローテートし、私の考えは大きく変わった。痛みで寝たきりの患者さんが、緩和病棟へ移って症状が取れ「もう一度歩きたい」と立ち、景色を見られた時の笑顔。生きる意欲を取り戻し、もう一度仕事に戻って行った患者さんの姿。毎日が感動の連続で「こんな医療もあるのか」と驚愕した。自分が、それまで見てきた「死」と全く別の生き方がそこにはあった。私は、この医療をもっと極めてみたいと思うようになったのである。
 
(まず、何科から?) 緩和医療を研修するとき、「何科をベースに研修していくのがいいのか」という点は悩ましい。精神科?麻酔科?色々な選択肢があるが、私のお勧めは、とにかくまず緩和ケアの専門研修を受けること、つまり緩和ケアを受ける患者さんたちにまず向き合うこと、である。その中で、色々な壁にぶつかり、悩むだろう。その上で私は緩和ケア医はオンコロジーを学ぶ必要性があると考え腫瘍内科の道を選んだが、ペインクリニックの道や精神科の道もあると思うし、そのまま専門研修を続けていく道もあると思う。ただ、最初に緩和ケアがどういうものか、自分に足りないものは何か、を知ることで、何を目標に研修を進めて行けば良いか、患者さんに求められているものは何か、自分が診てきた患者さんたちに問いかけながら、その道標を自ら考えていくことができるようになる。自ら担当医として患者さんと向き合い、少なくとも数ヶ月以上緩和医療の現場で研修を受けることをまずはお勧めする。
 色々な迷い、色々な壁。緩和ケア医を志す医師は未だ少なく、どのように研修を進めていくか、相談できる仲間は大切な存在と思う。私たち一人一人が、その仲間である。お互いに支え合い、高め合い、患者さんにとってより良い緩和医療の提供体制を作っていければ幸いである。


この「まず、何科から?」という部分は実は多くの他科出身の先生に遠慮して書いた部分が多々ある。
緩和ケアの現場をまずは知ってほしい、というのは本当だが、私はやはり自分が研修してきたように、内科の知識、そしてオンコロジーの知識を身につけられるように研修することを勧めるだろう。

しかし、実際、そのセミナーでは多くの先生方が「まずは内科医としての力をつけること」を強調されていたことに驚いた。
緩和医療は、全ての病態がとても複雑で、言うなれば内科的な「応用問題」の連続である。
そのため、総合内科医としての力量が試される場面も多い、ということなのである。
ある先生などは「医師として『デキる』やつでないと緩和医はとてもつとまらない」とまで言い切っていた。
自分が医師としてそんなに「デキる」とは思っていないが、少なくとも論理的思考が好きではないと、確かに緩和医はやってられない。
侵襲的な検査はほとんどできない(仕方が無いときにはやるが)ので、問診や身体診察で苦痛の原因を探っていくしか無いからだ。
痛みの性状を理解するために、痛みについてだけでも問診を1時間かけて行うこともある。

このときの痛みとあのときの痛みは違いますか?
この薬を使って取れた痛みと、この薬を使って取れた痛みに違いはありますか?それでも残っている痛みは?
そのそれぞれについてどのような痛みですか・・・
などと、痛みをひとつひとつ解剖していく、という作業。
まあ、そこまでしつこい性格のほうが、この仕事には向いているのではないかなあ、と思う。
あっさりと「痛い=麻薬」としか考えない自称緩和医もいますのでね。
緩和医になることは容易ではない。
でも、是非その現場をまずは見に来てほしい。そうすればここに書いた言葉たちの意味が目で、耳で、心で、理解できると思う。

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