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図書館総合展の武雄市図書館フォーラムから考えること

武雄市図書館をはじめとして、TSUTAYA(CCC)に運営を委託する公共図書館の話題が多く取り上げられている。
しかし、当事者やメディアなどの論調と、図書館関係者を中心とする論調には大きな温度差がある。
先日の図書館総合展での武雄市図書館のフォーラムも、一部に評価する声があるものの、多くの批判を受けていた(詳細は→ http://www.huffingtonpost.jp/2013/10/31/takeo1_n_4186089.html?utm_hp_ref=mostpopular

私個人的には、これだけ大衆に受け入れられる武雄市図書館のやり方が、専門家やその道に詳しい方からは、こんなにも目の敵にされないとならないんだろう、という思いがある。
そもそも、利用者側の視点と、専門家の視点は、かなりずれている印象すら受ける。

私も少し前までは、図書館とは「(受験勉強など持ち込み資料で)自習するところ」「(古い、または高い)本を借りるところ」といった印象しか持っていなかったし、多くの方々もそうではないだろうか?そういった対象に、武雄市図書館に対する批判は(ポイントカードなどの問題を除き)、理解困難である、といった前提で考えた方がいい。図書館の情報蓄積性と物量+書店の流動する新規図書の組み合わせはとても魅力的で効率性の高いシステムと感じるし、さらにカフェがあって滞留性も高めている点など、利用者側からは魅力的な点ばかりだ。

確かに、専門家の方々が主張される、公共性・持続性の担保などは大きな課題だろうけど、議論すべきはそういうところか?というか、じゃあ公共図書館は何をしてきたの?これから何をするの?といったところの気がする(もちろん、既に積極的に取り組んでいらっしゃるところは別として)。
図書館総合展で展開された指摘でも、すごい細かいな~と思うところもあるわけで、利用者からしてみたら「そんなのどっちでもいいんじゃね?」という部分もあり、専門家っぽいなと。

そういうのは、近藤誠などと医療界の構図とも重なる部分もあると感じる。私も、近藤誠に対する批判記事は『新潮45』で書かせて頂いたけれども、決して全て批判しているわけではない。彼の言い分に頷ける部分もある。そこから導き出される結論が問題なのだけど、『新潮45』の本文にも書いたように、それを専門家の視点でやりあっても、他の非専門家は…